
病院から請求書来たわ。
過日、救急車で搬送された話聞きたい?
まぁ、どうでもいい話だけど。
金曜日の夜中に胸が痛くて目が覚めた。
目が覚めたら痛かったのかもしれない。
時計を見ると午前2時。もうみんな寝てる。
胸の中心からちょっと左側。
ここって心臓かな?
いやぁ、痛い、痛い。
ぎゅうー、っと締め付けられるような痛さ。
しばらくそのまま横になってたけど痛みは治まらず。
とにかく痛い。
キター。これってアレか。心筋梗塞?
そうなってもおかしくない歳だよね。
健康診断受けると脂質異常って云われることもあるし、家と店の往き来しかしないから間違えなく運動不足。
しかし痛い、痛い。
5分くらい経ったかな? 10分?
あー、もしかしたら、本当にこのまま死んじゃうのかも?
んー、子供達は元々放し飼いだから、居なくなっても大丈夫だろうけど、両親健在なのに俺が先に行くのは申し訳ないかも。
でも、取立ててやり残したことがある訳ではなし、悲しむ人もそんなにいないよね…。
気がついたら、薄暗い川のほとりを独り歩いてた。
あ、これは嘘。
痛みが引いたか、治まってそのまま寝ちゃったんだろう。
朝になって、いつものようにアラームが鳴って普通に目が覚めた。
夜中に襲われたような痛みはない。
でも、喉から鳩尾にかけてなにか重たいような気もするし、深く息を吸うと少しだけ痛い。
心臓じゃなくて肺か?
気胸とか?
とりあえず、店開けないといけないので着替えて店へ行く。
この日は朝から雨。一日中雨予報。
コロナ禍になってから、雨の週末はアウトだね。
外を歩いている人も少ないし、暇だわ。
体は辛くはないが本調子ではない。なんだこれ?
天気予報の通り、日が暮れても雨は止まない。
当然お客さんも来ない。
土曜日の夕方でもやってるクリニックを探して、店閉めて診てもらいに行くことにする。
その夜、また同じようなことになっても嫌だし、次の日は日曜日。普通にやってる病院ないよね。どうせ暇だし。
ってことで見つけたクリニックに行って、受付でその時の状況を説明する。
すぐに心電図とって、採血、血液検査とレントゲン。
あはは、疑われてるのね。
で、検査の結果。
気胸ならレントゲンで判るだろうし、血液検査でトロポニンは出なかったけど、先生曰く「心電図がおかしい」
「普通はこことここの値が同じになるんだけどね…」
合ってないね。
出力された紙には「心筋梗塞の疑いあり」ともプリントされてる。
と、いう訳で、「受け入れてくれる病院当たるから行ってください」だと。
「へ? 今からですか?」
「そう、今から」
マヂか…。明日店開けられるのかな?
待合で待ってると、看護師さんがやってきて、
「受け入れ先が見つかったので、今救急車呼んだから、もう少しで来るから待っててね」
いやいや、歩いて行けますって。
「心臓だから、何かあるといけないから、ね」
そうこうしてる間に、やって来たよ救急車、サイレン鳴らして。
救急隊員の人がストレッチャー押して入って来たよ。
いやいや、歩いて乗れますって。
「靴のまま乗っていいですから」
乗せられたわ、ストレッチャー。
ストレッチャーも、救急車も人生初だよ。
行き先は救急外来だ。
ストレッチャーごとガシャコン、って救急車に載せられて、速攻で心電図と脈拍、瞳孔見られて名前と連絡先の確認。
あぁ、患者を乗せた救急車がすぐに動き出さないのって、中でこういうことしてるのね。なるほど、勉強になるわ。
来た時と同じようにサイレン鳴らして、受け入れ先の大学病院まで10分程。
病院に着いたらまたしても、またしても心電図、採血、血液検査とレントゲン。
ストレッチャーの上で靴を奪われ、ベットに移ったら上半身裸になってください、って。
「ズボンはいいです、必要になったらこっちで取ります」って。
ちょっと大袈裟過ぎじゃない? って思ったけど、あんまりヘラヘラしてるのも失礼かと思って神妙にしてた。
心電図取りながら、看護師さんと医師の会話、
「レントゲン室行きますか? ポータブル?」
「あぁ、どっちでも良いよ。歩いて行ってもらっても大丈夫」
「彼方の患者さんのもあるのでポータブル来ます」
普通レントゲンは密閉された専門の部屋で撮るけど、なるほど動かせない患者さんもいる訳ね。
それ様に移動式の機械があるんだわ。
実際撮るときは「レントゲン出ます!」とか云って、みんなで機械の後ろ側に退避してた。
その後、スペースが足りないのか、廊下の隅みたいなところに移されて、そこで生理食塩水点滴されながら採血されるんだけど、最初に採ったのが凝固で使えないとか、血管が逃げる、とか言われて何箇所も刺された上に、血が濃いとか云われたけどそうなの?
「1日にどのくらい水分取ってますか?」って、普段からあまり水分取らないけどコーヒー2杯ぐらい、って云ったら、「あぁ、500mlくらい? それはだいぶ少ないですね」みたいに云われた。

なんだかんだ2時間くらいそこで寝てるんだけど、寒かったので毛布掛けてもらった。
後から思えば、廊下の隅みたいなところに追いやられたのも、レントゲン室まで歩いて行っていい、とかいうのも、多分心電図みたところで、「あぁ、コイツ大丈夫だな」って判断されてたんじゃないかな。
やっと血液検査の結果が出たのか、先生やって来て「大丈夫なので帰っていいですよ。診断の結果は胸膜炎です」とのこと。
胸膜炎、ってなによ? 胸膜炎、っていうのは肺の周りの膜が炎症を起こしてて、風邪みたいなものだから、だって。
人生初の入院生活を期待していた訳ではないが、あまりにもあっさりしてるのでちょっと拍子抜けの感。
そのまま立ち去ろうとする先生を引き止めて「クリニックでは心電図がおかしい、みたいに云われたけど、ここで取ったら心電図も同じような値が出てるんです?」
「そうですね、でも心電図っていうのはいろいろな見方があって、専門外の先生が見たらおかしい、って思ってもこれはしょうがない。機械も心筋梗塞の疑いあり、って出力するし」だそうで、なんともないんだと。
看護師さんには、
「何度も刺してごめんなさいね」
とか云われ、鎮痛剤処方されて独り雨の中電車で帰った次第。
会計時、システムの都合で今日は会計できないので、と云われ送られてきたのが冒頭の請求書。
という訳で、大丈夫、まだ死んでない。